
この旅のこと
築百年の京町家で迎えた、京都の朝。タイル張りの「おだいどこ」で親子丼を作り、雨上がりの街へ出た。一乗寺の天下一品総本店で「こってり」、烏丸一条のとらやで抹茶と生菓子、鴨川沿いの洋館で北京料理。一日の締めくくりは、ぶぶ漬け。京町家で暮らすように過ごした、京都の一日。
土地と食のことを、もう少し01TRAVEL JOURNAL
京町家の「おだいどこ」で
京都の伝統的な古民家「京町家」の朝。この家の台所は、昔ながらのタイル張りだ。白いタイルの流しに、青い模様のタイルの台。まな板の上で、玉ねぎを薄く切っていく。今朝は親子丼を作る。
コンロにかけた鍋で鶏肉と玉ねぎを煮て、黒い椀で卵を溶く。煮立った鍋に溶き卵を回し入れると、鶏肉と玉ねぎの上に黄色がふわりと広がった。
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親子丼と、花麩の吸い物
蓋をして、卵がふんわりするまで少し待つ。蓋を取ると、煮汁を吸った鶏肉と玉ねぎに、とろりとした卵がかかっていた。
赤い椀には桃色の花麩のかたまりを入れて、湯を注ぐ。色がほどけて、にんじんと具が広がり、吸い物になった。ご飯に鶏と卵をのせ、三つ葉を散らす。京町家の朝ごはんができあがった。
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火袋と坪庭、古き良き知恵
窓辺の食卓で、いただきます。赤い花柄の卓に、鉄瓶とみかん。障子越しの光がやわらかい。
京町家の始まりは、平安時代の中期にまでさかのぼるという。地方から出てきて、ものづくりや商いを営んだ人々が、大路や小路に面して小屋を建てたのがその始まりとされ、江戸時代の中期に今の京町家の原型ができた。炊事場の上には、熱や煙を逃がす吹き抜けの「火袋」。かまどから火が出ても、ほかの部屋に燃え移らないための工夫でもある。奥に長い家に光と風を届けるのが「坪庭」だ。
この家の坪庭には、鎖樋の下に雨水を受ける鉄の釜が置かれ、竹が揺れている。見上げれば、梁と貫を組んだ吹き抜けに裸電球がひとつ。人々が心地よく暮らす知恵が詰まった、端正な家屋だ。
この場面から映像で見る0:5604TRAVEL JOURNAL
雨あがりの散策
雨もあがったし、京都の街を散策しよう。すだれ越しに見る坪庭は、雨に濡れて色が深い。
白川沿いの石畳を歩く。石垣の上に紅殻格子の町家が軒を連ね、葉を落とした桜が川へ枝を伸ばしている。木造の家並みにはさまれた細い路地を抜け、薄暗い通路の先の光へと歩いた。
この場面から映像で見る1:2005TRAVEL JOURNAL
天下一品の総本店で、こってり
京都はラーメンの激戦区。そして、天下一品は京都発祥だ。昼ごはんは、一乗寺の総本店へ。入口には「昭和四十六年創業 中華そば専門店」の木札と、「総本店」の提灯が下がっていた。
運ばれてきた「こってり」は、鶏ガラと野菜を煮込んだ、とろりと濃いスープ。青ねぎののった丼に、キムチを後から入れる。こってりにはキムチがよく合う。ただし、最初から入れると味がキムチに支配されるのでご注意。途中で入れて、味の変化を楽しむのがいい。胡椒をたっぷり振って、正しくおいしくいただいた。
店内には「こってり」のポスターと、全国に広がる店舗を記した日本地図。ここが、あの味の始まりの場所だ。
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庭を眺めて、お茶の時間
午後は、白川のほとりから上京へ。青いのれんの町家、赤い灯籠と紫ののれん、苔むした枝に咲き始めた白い梅。京都の冬の終わりを感じながら歩く。
向かったのは、烏丸一条の虎屋菓寮 京都一条店。とらや創業の地、京都の店だ。杉の天井が緩やかな弧を描く店内から、ガラス越しに庭を眺める席に座った。
黒い盆に、黄と白と桃色が重なった季節の生菓子と、桃色の印を押した白い饅頭。それに、点てたばかりの抹茶。京都らしく庭園を眺めながら、お茶の時間。卓には桃色の菊が生けてあった。ゆったりと過ごす午後。シアワセな時間。
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夜の祇園を歩く
日が暮れて、祇園の路地へ。濡れた石畳に提灯の灯りが映り、町家の軒先には赤い和傘が開いている。格子の向こうに、座敷の灯りがにじんでいた。
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鴨川沿いの洋館で、北京料理
鴨川沿いにそびえ立つ、スパニッシュ・バロックの洋館。東華菜館の建物は、大正15年(1926年)にウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で建てられた。前身は西洋料理店の「矢尾政」で、昭和20年の末に北京料理の店になった。カッコいいなあと眺めていた建物に、思い切って入る。
白いクロスの卓で瓶ビールをグラスに注ぎ、焼き餃子と、海老の入った炒飯。歴史的建築美の中でいただく、本格北京料理。窓の下には四条大橋と鴨川、京都の夜景が広がっていた。
帰りは、エレベーターで。1924年にアメリカで造られたオーチス製で、現存する日本最古のエレベーターだという。格子状の蛇腹の内扉を閉め、運転手が手で動かす。まるで、どこか遠い国へ行ってきたような気分で、夜道を帰った。
この場面から映像で見る3:2609TRAVEL JOURNAL
ぶぶ漬けでもどうどす
京都の一日の締めくくりに。白いタイルの「おくどさん」の前に赤絵の茶碗を出し、鉄瓶で湯を沸かす。座敷では、舞妓の影絵の行灯がともっている。
茶碗にご飯をよそい、梅の形の最中をのせて、鉄瓶の湯を注ぐ。最中の皮がふわりとほどけて、中からあられと具が広がった。ぶぶ漬けでもどうどす?
京都では、お茶漬けのことをぶぶ漬けと呼ぶ。「ぶぶ漬けでもどうどす」は「早く帰れ」の意味を持つ、と言われている。真意の程は定かでないが、私なら言葉のまま、ありがたく頂いてしまうだろう。物事を直接ではなく、遠回しにやんわりと伝える。そこに相手への思いやりを感じる。赤い花柄の座布団に座り、ビールと一緒に、さらさらといただいた。
この場面から映像で見る4:44THE BORROWER’S NOTES
借り暮らしの京都メモ。
立ち寄った店、台所で作ったもの、この土地のこと。旅のつづきに、覚えておきたいことを。
01立ち寄った店

天下一品 総本店
京都府京都市左京区一乗寺築田町94 メゾン白川1F
京都発祥のラーメンチェーン、天下一品の第1号店。鶏ガラと野菜を煮込んだ「こってり」が看板で、丼には青ねぎ。卓上のキムチは途中で入れて味の変化を楽しむのがおすすめ。入口の木札には昭和46年創業とある。

虎屋菓寮 京都一条店
京都府京都市上京区一条通烏丸西入広橋殿町400
とらや創業の地、京都にある菓寮(喫茶)。2009年に建築家の内藤廣の設計でリニューアルされ、吉野杉の天井が緩やかな弧を描く。北側の庭には水盤と芝生、梅や桜が植えられ、奥に古い蔵と稲荷社がある。季節の生菓子は月2回入れ替わる。今回は三色の生菓子と白い饅頭、抹茶をいただいた。
出典: rurubu.jp

東華菜館 本店
京都府京都市下京区四条大橋西詰
四条大橋西詰に建つ北京料理の店。建物は大正15年(1926年)、西洋料理店「矢尾政」のためにウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計した、スパニッシュ・バロックの洋館で、ヴォーリズが生涯で唯一手がけたレストラン建築。昭和20年末に東華菜館になった。1924年にアメリカで製造・輸入されたオーチス製のエレベーターが今も現役で、現存する日本最古のエレベーターとされる。内扉は格子状の蛇腹式で、運転手による手動式。今回は瓶ビールに焼き餃子と炒飯をいただいた。
出典: tohkasaikan.com tohkasaikan.com tohkasaikan.com tohkasaikan.com
02作った料理

親子丼
鶏肉と玉ねぎを煮て卵でとじ、ご飯にのせる丼。京都の花街の屋形(舞妓が暮らす家)を舞台にした漫画「舞妓さんちのまかないさん」(小山愛子・小学館)では、舞妓になれなかった主人公のキヨが、屋形の仲間に作った親子丼が評判になって、毎日のごはんを作る「まかないさん」になる。京町家のタイル張りの台所で、その親子丼を作ってみた。
材料ご飯・鶏肉・玉ねぎ・卵・煮汁(だし)・三つ葉
- 玉ねぎを薄切りにする
- 鍋で鶏肉と玉ねぎを煮汁で煮る
- 溶き卵を回し入れ、蓋をして卵がふんわりするまで蒸らす
- ご飯にのせ、三つ葉を散らす

ぶぶ漬け(最中のお茶漬け)
京都では、お茶漬けのことを「ぶぶ漬け」と呼ぶ。「ぶぶ漬けでもどうどす」と勧められたら「早く帰れ」の意味だ、という話が広く知られているが、言語学者の小野純一は、これは嫌みではなく、言いにくいことを遠回しに伝えて摩擦を避ける言語行為で、京都に限らず日本語には似た表現があると書いている。今回は、湯を注ぐと皮がほどける梅の形の最中で、京都の一日を締めくくった。
材料ご飯・お茶漬けの最中(梅の形)・湯
- 茶碗にご飯をよそう
- 梅の形の最中をのせる
- 鉄瓶の湯を注ぎ、最中の皮がほどけるのを待つ
出典: president.jp
03土地のこと

京町家
京都市の条例では、建築基準法が施行された昭和25年(1950年)以前に建てられた、伝統的な構造と形態をもつ木造建築物を京町家としている。起源は平安時代の中期にさかのぼり、地方から出てきてものづくりや商いを営んだ人々が、大路・小路に面して小屋を建てたのが始まりといわれる。江戸時代の中期に今日の原型が形成された。表通りから奥庭まで通じる土間の「通り庭」、その上部の吹き抜け「火袋」は、通風と採光のためであり、かまどから火が出ても他の部屋に燃え移らないための工夫でもある。奥に長い家に光と風を届けるのが「坪庭」。京町家の数は平成20・21年度の47,735軒から令和6年度には34,580軒に減り、年間およそ800軒が失われている。

祇園新橋と白川のほとり
祇園の北、新橋通に沿った祇園元吉町一帯は、昭和51年(1976年)9月4日に茶屋町として国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた(面積1.4ヘクタール)。現存する建物の多くは元治2年(1865年)の大火の直後に建てられたもので、切妻造り・瓦葺きの2階建て、1階は紅殻格子、2階は座敷で、正面に縁を張り出してすだれが下がる。白川沿いの石畳と石垣、巽橋、芸舞妓が信仰する辰巳大明神が一帯の見どころ。

梅の形のお茶漬け最中
ご飯にのせて湯を注ぐだけでお茶漬けになる、梅の形の最中。皮の中にあられと具が入っている。京都のおみやげとして買ってきたもので、店は映像に出てこない。

築百年の京町家の宿
今回お借りしたのは、築100年の京町家。白と青のタイルを張った昔ながらの台所、鎖樋の下に鉄の釜を置いた坪庭、梁を組んだ吹き抜け、赤い花柄の卓のある座敷がある。老朽化や管理者の不足で取り壊しも進む京町家を、丁寧に手入れして暮らしの体験を提供してくれる宿主がいることが、ありがたい。
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