
この旅のこと
明治のはじめに建てられた茅葺きの古民家で、秋の朝を迎えた。高菜でくるんだめはり寿司を握り、あらぎ島の棚田を見下ろして朝ごはん。みかん山を越えて天空のコスモス畑へ。帰りに寄った中華そばの店では、卓上で早ずしが待っていた。和歌山の秋を、食べて歩いた一日。
土地と食のことを、もう少し01TRAVEL JOURNAL
茅葺きの家で迎える朝
和歌山県の紀中、有田川町の山あいにある古民家で朝を迎えた。明治のはじめに建てられたという茅葺きの家で、背には竹やぶが青々と茂っている。
庭の水面には、まだ夜の名残りの青が揺れていた。窓の下には使い込まれた木の流しがあり、開け放した戸の向こうに、目を覚ましたばかりの集落が見えた。
この場面から映像で見る0:2102TRAVEL JOURNAL
和歌山の名産で、朝ごはんを
土間には、タイル張りの古いかまどが残っていた。今朝は和歌山の名産品を使って朝ごはんを作る。めはり寿司用の高菜漬けに、紀州の梅干し、赤しそ。それから、隣の湯浅町でつくられた醤油。
湯浅は、日本の醤油の発祥の地とされる町だ。刻んだ高菜漬に、その醤油をなじませる。ふと見上げると、茅葺きの軒の裏で、竹の骨組みが厚い屋根を支えていた。
梅干しの産地といえば、やはり紀州。果肉を種から外して、細かく刻む。台所の窓からは、やわらかな朝の光が差し込んでいた。醤油に、梅干しに、高菜。ここは日本の伝統食に、なじみの深い土地だ。
この場面から映像で見る0:3403TRAVEL JOURNAL
高菜でくるむ、めはり寿司
ご飯の中に刻んだ高菜漬を入れて、ぎゅっと握る。それを、広げた高菜の葉で包む。和歌山の郷土料理、めはり寿司だ。
名前の由来には、いくつかの説があるそうだ。目を見張るように大きく口を開けて食べるから。目張りをするように、すき間なく包み込むから。葉の端を折り込みながら、どちらの説にもうなずいてしまう。
もとは、漁や山仕事の合間に手早く食べられる弁当として広まったという。梅干しと赤しそを混ぜたご飯も握って、黒い皿に並べた。
この場面から映像で見る1:0804TRAVEL JOURNAL
あらぎ島を見下ろして
握ったおにぎりを竹の皮に包んで、家を出た。茅葺きの母屋と蔵が、朝の日差しの中に並んでいる。
向かったのは、国の重要文化的景観に選ばれた「あらぎ島」。有田川が大きく弧を描き、その内側に扇の形をした棚田が広がっている。展望所の案内板によると、江戸時代のはじめ、明暦元年(1655年)に水路が引かれて、ここで米がつくれるようになったという。
ベンチに腰かけて、膝の上で竹の皮を開く。めはり寿司と梅のおにぎりをほおばりながら、棚田と集落を眺めた。人の営みと自然が、長い時間をかけてつくりあげた景色だ。ごきげんな朝食だった。
この場面から映像で見る1:3405TRAVEL JOURNAL
ただいま
古民家に戻って、ただいま。障子越しの光が、畳の間を静かに満たしている。
物置には、古い木桶や臼がそのまま置かれていた。この家で重ねられてきた暮らしの道具たちだ。
この場面から映像で見る2:3806TRAVEL JOURNAL
みかん山を越えて
午後は、山の上を目指した。道の途中、石垣を積んだ段々のみかん畑と、家々が並ぶ斜面が現れた。
温暖な気候と山の斜面が、みかんづくりに向いているのだそうだ。枝の実は色づき始めたところで、畑の間には収穫を運ぶモノレールが延びている。和歌山らしい風土を感じる集落を越えて、さらに上へ。
この場面から映像で見る3:0107TRAVEL JOURNAL
天空の秋桜
標高586メートル、鷲ヶ峰の頂に広がるコスモスパーク。およそ100万本のコスモスが咲き誇っている。
晴れた日には、遠く淡路島や四国まで見渡せるという。花の向こうに町と海がかすんで、まるで天空の花畑にいるようだった。
コスモスは、和名で秋桜(あきざくら)とも書く。空の近くで、秋の訪れを告げる花だ。心地よい風を受けて、可憐に揺れていた。ベンチに腰を下ろして、しばらく風に吹かれた。
この場面から映像で見る3:2108TRAVEL JOURNAL
卓上の早ずしと、和歌山ラーメン
山を下りて、中華そばの店に入った。厨房の脇には製麺所の箱が積まれ、テーブルの籠には、葉で包んだ「早ずし」が置いてある。
早ずしは自由に取って、好きなタイミングで食べる(お代は、あとでまとめて払う)。それが、ここ和歌山のラーメン店のスタイルだ。「和歌山のラーメン店の卓上には、寿司が置いてある」。そう聞いてから、押し寿司好きの私はずっと心がときめいていた。
葉をほどくと、酢でしめたサバの押しずしが現れる。品書きの並ぶ壁に、窓辺の赤い丸椅子。運ばれてきたのは、醤油豚骨のスープにかまぼこがのった和歌山ラーメン。すっきりしていて濃厚なスープに、まっすぐな中細麺がよく合う。
コクの深いラーメンを、さっぱりした早ずしが引き立てる。この名脇役が卓上にいる理由に、ひと口で納得した。
この場面から映像で見る4:0109TRAVEL JOURNAL
有田みかんと、もうひとつの秋
夕食は「秋の和歌山御膳」としゃれこもう。帰り道、「みかん」の看板が出た直売所に寄った。
和歌山の名産品といえば、みかん。店先には「有田の旬」の箱と、袋詰めの有田みかんが並んでいる。青みがかった極早生のみかんも、初秋には欠かせない。
さらにもうひとつ、秋の味覚を収穫しに行こうかな。
この場面から映像で見る5:09THE BORROWER’S NOTES
借り暮らしの和歌山・有田川メモ。
立ち寄った店、台所で作ったもの、この土地のこと。旅のつづきに、覚えておきたいことを。
01立ち寄った店

中華そば まる徳
和歌山県有田郡有田川町徳田430-4
昔ながらの醤油ベースの中華そばを出す店。テーブルには早寿司(あせ寿司)が置かれ、自分で取って食べる。ラーメンには、かまぼこと青ねぎ。厨房の脇には製麺所の箱が積まれていた。営業時間は掲載先によって違うので、行く前に確かめてほしい。

みかんの直売所(マルシ農園)
道沿いの直売所で、袋詰めの有田みかんが並ぶ。初秋に出回る極早生の「ゆら早生」もあった。
02作った料理

めはり寿司
塩漬けの高菜で大きなおにぎりを包む、和歌山の郷土料理。漁業や林業が盛んな県南部で、漁や山仕事の合間に手早く食べられる弁当として広まった。高菜は日当たりの悪い場所でも育つため、平地の少ない県南部の山間部で盛んにつくられてきた。冬から春先に収穫して塩漬けにする。名前は「目を張るように口を開けて食べる」「目を見張るほどおいしい」「すき間なく包む」など、諸説ある。今回は、隣町の湯浅でつくられた醤油で高菜をなじませた。
材料ご飯・高菜漬け(葉と茎)・醤油(湯浅)
- 高菜漬の茎を刻み、醤油をなじませる
- ご飯に刻んだ高菜を入れて握る
- 広げた高菜の葉で、すき間なく包む
出典: maff.go.jp

梅しそのおにぎり
和歌山は梅の収穫量が全国1位の県で、2024年産は全国の58%(前年は64%)を占めた。紀州の梅干しを刻んで、赤しそと一緒にご飯に混ぜた。
材料ご飯・紀州の梅干し・赤しそ
- 梅干しの果肉を種から外して刻む
- ご飯に梅干しと赤しそを混ぜて握る
出典: maff.go.jp
03土地のこと

あらぎ島(蘭島)
有田川が弧を描いて囲む、扇形の棚田。明暦元年(1655年)、山保田組の大庄屋、笠松左太夫(佐太夫とも書く)が湯川川に井堰を設けて用水路「上湯(うわゆ)」を開き、蘭島で米がつくれるようになった(観光案内の一部には1661年とするものもある)。2013年10月17日、「蘭島及び三田・清水の農山村景観」として国の重要文化的景観に選ばれた。日本の棚田百選のひとつ。

鷲ヶ峰コスモスパーク
和歌山県有田郡有田川町長谷244-2
標高約586メートルの鷲ヶ峰の頂一帯に、およそ100万本のコスモスが咲く。見頃は例年9月下旬から10月中旬(年によって前後する)。晴れた日には有田の町や湯浅湾、淡路島や四国まで見渡せる。
出典: tabi-mag.jp

有田みかんと石積み階段園
和歌山県は温州みかんの生産量が日本一。有田では400年以上前から、農家が石を積んで階段状のみかん畑を築いてきた。2025年8月26日、「有田・下津地域の石積み階段園みかんシステム」が世界農業遺産に認定された。

極早生みかん「ゆら早生」
1985年、和歌山県由良町で「宮川早生」の枝変わりとして見つかり、1995年に品種登録された。皮にまだ緑が残るころから出回り、極早生の中でも糖度が高い。
出典: maff.go.jp

湯浅の醤油
有田川町の隣、湯浅町は醤油醸造の発祥の地とされる。中国で学んだ禅僧が伝えた径山寺(金山寺)味噌の桶にたまった汁が、醤油の始まりと伝わる。2017年、「「最初の一滴」醤油醸造の発祥の地 紀州湯浅」として日本遺産に認定された。町には1841年創業の醸造元「角長」などが今も残る。

和歌山ラーメンと早すし
和歌山ラーメンは地元では「中華そば」と呼ばれ、昭和初期の屋台に始まるとされる。豚骨醤油のスープが基本で、すっきりした「車庫前系」と、まろやかで濃厚な「井出系」がある。店の卓上には早すし(酢でしめたサバの押しずし)やゆで卵が置かれ、好きなときに取って食べる。有田川町の清水地域には、魚をのせた酢飯をアセの葉で包む伝統の「はやずし」があり、葉で包むと持ち運びやすく、傷みにくい。

明治初期の古民家宿
今回お借りしたのは、明治のはじめに建てられた茅葺きの古民家宿。タイル張りのかまどや、古い木桶の残る物置がある。
PHOTO ALBUM写真を見渡す66全写真をひらく一覧を閉じる
写真を選ぶと、大きな画面で一枚ずつ眺められます。






















































