
天正13年(1585年)、豊臣秀吉の甥、豊臣秀次が八幡山に城を築いて町を開いたときに掘られた、全長4,750メートルの堀。琵琶湖と結ばれ、湖上を行き来する船が城下に寄港して、人と物と情報が集まり、町に繁栄をもたらした。昭和47年(1972年)に埋め立ての計画が持ち上がったが、近江八幡青年会議所が「堀は埋めた瞬間から後悔が始まる」を合言葉に浚渫と復元を呼びかけ、会員が毎週日曜に堀に入って清掃を続けた結果、県は昭和50年に工事を中止した。平成3年(1991年)、八幡堀・新町通り・永原町通りの一帯が県内で初めて国の伝統的建造物群保存地区に選定され、平成18年(2006年)には西の湖とともに全国初の重要文化的景観に選ばれた。和舟でめぐる「八幡堀めぐり」は、およそ30分の遊覧。
この旅の、この場面
和舟で八幡堀めぐり
商店の看板が並ぶ通りを抜けて、八幡堀へ。天正13年(1585年)、豊臣秀次が八幡山に城を築いたとき、城下町と琵琶湖をつなぐ目的で掘られた堀だ。湖を行き来する船がここに寄港し、人と物が集まって、近江商人の発展と町の繁栄に大きな役割を果たした。
屋根と窓のついた和舟に乗り込み、畳に座って水の上から町を眺める。石垣の上に白壁の土蔵が立ち並び、葉を落とした桜の木が水面に枝を伸ばしている。情緒あふれる景色の中を、舟はゆっくりと進んだ。
舟を降りて、雪の残る石畳を歩く。土産物店の格子窓には、よし笛や近江蚊帳、琵琶湖の淡水真珠の貼り紙。白壁の通りが、まっすぐに延びていた。
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