写真とことばで、旅をする。

町の歴史を、少し調べてみる

和歌山県 串本町

潮岬(本州最南端)

森の家と、南国の海。串本の一日の旅

海を背に立つ「潮岬 本州最南端」の石碑
海を背に立つ「潮岬 本州最南端」の石碑

東経135度46分、北緯33度26分に位置する本州最南端の地。岬の先には「望楼の芝」と呼ばれる広い芝生が広がり、潮岬灯台と、海抜100メートルの展望室を持つ潮岬観光タワーが立つ。タワーの入館者には「本州最南端訪問証明書」が発行される。石碑には「潮岬 本州最南端」と刻まれている。

出典: rurubu.jp rurubu.jp

この旅の、この場面

本州最南端と、トルコとの絆

松の枝の向こうに、潮岬観光タワーが立っている。潮岬は本州最南端の地。海を背にした石碑には「潮岬 本州最南端」と刻まれていた。

この町に来たら、ぜひ食べてみたかったのが「ケバブライス」。ヨーグルトソースをまとった香ばしいケバブと、白いご飯に糸唐辛子。串本町と「トルコ共和国」との絆は深く、その絆は町のレストランでも垣間見ることができる。紀伊大島の樫野崎、トルコ記念館の近くの店で、トルコ風の布を背にいただいた。

日本がトルコを救い、トルコが日本を救った。記念館の前では、トルコと日本の国旗が並んで揺れている。明治23年(1890年)9月16日、オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が樫野崎沖で台風に遭って座礁・沈没し、587名が亡くなった。大島の村民は総出で救助にあたり、69名が助かった。それから95年後の1985年、イラン・イラク戦争のさなかにテヘランに取り残された日本人を、トルコの航空機が救出した。95年の時を経た絆の物語は、ここで始まった。

記念館には、当時の写真や文書が並ぶ。窓の外には、岩礁に白い波が立つ海。日本とトルコの友好を表すように、ケバブと白いご飯は仲良く皿に収まっていた。

この場面から映像で見る5:15

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松の枝越しに見える潮岬観光タワーと芝生
松の枝越しに見える潮岬観光タワーと芝生
ケバブライスの皿とビールのグラスを前にした手元
ケバブライスの皿とビールのグラスを前にした手元
ヨーグルトソースと糸唐辛子をのせたケバブライスの寄り
ヨーグルトソースと糸唐辛子をのせたケバブライスの寄り
タイル柄の壁に掲げられた「トルコ記念館」の看板
タイル柄の壁に掲げられた「トルコ記念館」の看板
トルコ風の布を背にしたテーブルのケバブライスとビール
トルコ風の布を背にしたテーブルのケバブライスとビール
青空に並んで翻るトルコと日本の国旗
青空に並んで翻るトルコと日本の国旗
古い写真や文書が並ぶ記念館の展示ケース
古い写真や文書が並ぶ記念館の展示ケース
エルトゥールル号の遭難を伝える説明パネル
エルトゥールル号の遭難を伝える説明パネル