
紀伊大島の樫野崎、トルコ軍艦遭難慰霊碑に隣接して建つ記念館。エルトゥールル号の模型や遺品、写真、文書を展示する。1890年(明治23年)9月16日、オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が樫野崎沖で台風に遭って座礁・沈没し、587名が犠牲になった。大島の村民は全村を挙げて救助と介抱にあたり、69名が助かった。この出来事は日本とトルコの友好の原点とされ、1985年のイラン・イラク戦争の際には、テヘランに残された日本人をトルコの航空機が救出した。串本町はトルコのメルシン市と姉妹都市で、2015年の映画「海難1890」の一部は串本で撮影された。
和歌山県東牟婁郡串本町樫野1025-26
この旅の、この場面
本州最南端と、トルコとの絆
松の枝の向こうに、潮岬観光タワーが立っている。潮岬は本州最南端の地。海を背にした石碑には「潮岬 本州最南端」と刻まれていた。
この町に来たら、ぜひ食べてみたかったのが「ケバブライス」。ヨーグルトソースをまとった香ばしいケバブと、白いご飯に糸唐辛子。串本町と「トルコ共和国」との絆は深く、その絆は町のレストランでも垣間見ることができる。紀伊大島の樫野崎、トルコ記念館の近くの店で、トルコ風の布を背にいただいた。
日本がトルコを救い、トルコが日本を救った。記念館の前では、トルコと日本の国旗が並んで揺れている。明治23年(1890年)9月16日、オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が樫野崎沖で台風に遭って座礁・沈没し、587名が亡くなった。大島の村民は総出で救助にあたり、69名が助かった。それから95年後の1985年、イラン・イラク戦争のさなかにテヘランに取り残された日本人を、トルコの航空機が救出した。95年の時を経た絆の物語は、ここで始まった。
記念館には、当時の写真や文書が並ぶ。窓の外には、岩礁に白い波が立つ海。日本とトルコの友好を表すように、ケバブと白いご飯は仲良く皿に収まっていた。
この場面から映像で見る5:15


















